理由もなくさみしい人たち

今年はよく「桜ノ宮も桜が綺麗らしいよ」という話を聞いた。先日でその話も4回目だった。その度に「あ、聞いたことある、綺麗らしいね」と答える。私にとって桜の季節のそのような会話の中で「桜ノ宮の桜が綺麗だった」と言う人が居ないことだけが救いだと思う。

 

「このあたりってやっぱり名前の通り桜が咲くのかな」2年前の冬、桜ノ宮に住んでる人と付き合っていた。その人はその年の夏に地方から出てきたばかりの桜ノ宮の春を知らない人だった。出会い系サイトで知り合った、ひとつ歳上で家事が苦手なコールセンターで働く人。待ち合わせた駅の改札前にあったチェーン店のカフェで、どこに住んでいるのだとか仕事をは何をしているのだとか趣味の話だとか、当たり障りのない話をしていた。見た目も別に好みではなく、話もそれほど合うわけでもなく、理由もなくさみしかっただけ。相手もきっとそうだっただろうと思う。Sサイズのコーヒーも飲みきらないうちに話題もなくなる。「このあとどうする、家くる?」と言う。電車で二駅、10分もあれば行けてしまう距離。家でもいいけど他に何かないかな、と少し考えたふりをしたけど先のことはもう決めていた。「そうしよっか」少し冷めたコーヒーを一気に飲みほした。

 

家について扉を開ける。調理器具の並んでいないきれいなままの台所と、洗濯物やゴミの散らかった部屋。家事が苦手な人なんだなと思った。初対面の異性の家にあがって早々に掃除をするのも失礼だとは思いつつも「ちょっと時間ちょうだい」と言って私は掃除を始めた。その人は別に嫌な顔ひとつせずベッドに横になり「ゴミ袋はそっちの引き出し、掃除機はそこのクローゼットにあるよ」とそれだけ言って眠った。掃除が終わってその人を起こす。「ありがとう、今まで掃除なんてしてくれる人いなかった」と言って手招きして隣にくるように促した。

 

掃除をしたからでもなく、セックスをしたからでもなく、お互いに理由もなくさみしかっただけ。「付き合って」と言われ「いいよ」と返す。お互いに嫌いじゃないから受け入れた。それからは休みの日になるとその人の家に行き、掃除をしてセックスをする。ときどき買い物に出かけることもあったけど、どこかへ遊びに出かけるということはなかった。

 

そんな数ヶ月を過ごした三月の末のこと、職場の人に聞いたという。「このあたりやっぱり桜が綺麗らしいよ、次の休みにお花見しようよ」その話を最後に私はその人と別れることにした。理由もなくさみしかっただけだから。だから私は桜の季節のあの街がどれほど綺麗なのかは知らない。あの人はきっとそれを知っているんだろうなあと思うと少し羨ましい気もする。「今日何してた?」が口癖の人と桜の季節の話。