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確か梅雨があけた頃だった

「新居を探すからついてきて」と言うからついていった。私はそのときはじめて大国町という街に行ったけど、難波の隣駅、歩いて10分もかからないとても近いところなのにどこか遠くまで来てしまった気持ちだった。その人は出会い系サイトを介して以前にただ一度会っただけの名前も知らない人だった。その人が不動産屋で書類にサインをするとき、その手の動く先に書かれた名前を見て「そんな名前だったんだ」と小声で言ったらこっちを向いて何も言わずに微笑んでいた。大国町周辺の物件を何件かまわって「この部屋眺め良いね」だとか「お風呂狭くない?」だとかそんな会話をしていた。名前を知ってすぐの人。結局その日のうちに新居は決まらなかった。2週間ほど経ってから「新居決まったよ、それからこの前旅行に行って君にぴったりのお土産買ってあるからいつでも遊びにおいで」と連絡がきた。「次の休みに遊びに行くね」と返事をしてからもうすぐ5年が経つ。

 

「君は髪を切って茶髪にした方が似合うよ」と言っていたこと。コンビニで煙草を買うその後ろ姿が何だか格好良く見えたこと。その人は赤と黒のチェックのシャツがお気に入りだったこと。6つほど歳上だったこと。出会い系サイトで初めて会った人だったこと。時々意味もなく「寂しい」と言っていたこと。記憶の片隅に残っているものを掻き集めても名前も顔もうまく思い出せなくて、でもそれが悲しいとは思えないけど。

 

当時より髪も伸びて黒髪のままだし、自分も煙草を吸うようになってそうやって煙草を買う姿が格好良いと思うことはなくなった。赤と黒のチェックのシャツなんて私の趣味ではないし、当時のその人の歳と同じくらいになってしまった。そして出会い系で何十人もの人と会って、その中に意味もなく「寂しい」と言う人がたくさん居ることも知ったけど、あのときのお土産がどうなったのかなあなんてそれだけが少し気掛かりだったりする。日差しが少し痛い、梅雨があけた頃に出会った風俗嬢の話。